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| 1996.12.21. '96ニュースの周辺 |
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保存移築が決定 記者が振り返るスミス記念礼拝堂保存へ市民の輪 運動根付かす試金石 |
| 彦根市城町の堀端に、ひっそりとたたずむスミス記念礼拝堂の解体作業が始まった。道路拡幅のため取り壊される運命にあったが、行政に頼ることなく自らの力で保存しようとする市民らの熱意が実り、移築保存が決まった。解体に必要な浄財三百万円余が集まったことから工事に着手したが、移築に必要な約三千万円は、新年の募金活動にかかっており、前途は多難だ。 礼拝堂は、日本が戦争への道をたどり始めた一九三一年、米国イリノイ州出身のパーシー・アルメリン・スミス牧師(故人)が、両親の慰霊と日本でのキリスト教普及を願って私財を投入、日米双方から約一万ドルの寄付金を募って建設した。和洋折衷、総ヒノキ造り約五十平方メートル。現在なら数億円かけても建設できないとされる精巧な造りだ。 運動は、滋賀大の筒井正夫助教授が「市民一人ひとりが金を出し合って礼拝堂を残し、国際交流の証としたい」と提唱し、保存する会を結成。「自助と連帯」で自主的に解決しようとする姿勢が、学内の教官らの共感を呼び、瞬く間に学生や一般市民、他の大学などに広がった。 この運動の盛り上がりに中島一市長も、市有地の提供という形での支援を約束。市内部から「事務が停滞する」「議会答弁を変更することになる」との反対意見が出たが、「市民が自らの力で保存するため努力をし、その上で公共性を保つために土地の提供を市に求めている。これを契機に、ナショナルトラスト的な新しい市民運動が、彦根に根差すことを期待したい」と反対を押し切ったという。 しかし、市が運動の後押しを決めたことで、新たに参入した会員の中から「ここまでやったのだから、後は市に応分の金銭的支援をお願いしてもおかしくはない」との意見も出始めた。 また、市内部では「足軽屋敷など保存の要望が上がっている建築物は多い。いま礼拝堂を認めれば収拾がつかなくなる」との反対意見は根強い。 こうした状況に、筒井助教授らは「市民の浄財を募ることに運動の意義がある。今、市に甘えたら、これまでの運動が無になってしまう」と結束を強め、メンバーの一人の田島一成市議は「これを機会に、スミス牧師の記念出版やアメリカにいるスミス牧師の子孫との交流もめざしたい。松江市のラフカディオ・ハーン、ジョン万次郎を通した日米交流に匹敵するような事業にしたい」と新たな展開をめざそうとしている。 同会の前に、これから、移築費用を集めなければならないという大きな壁が立ちはだかるが、彦根の町に市民運動が根付くことができるのか。市と市民は大きな試練を迎えようとしている。(彦根支局 松田仁志) |
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